隠される朝鮮人労働者の名簿「(多事奏論)世界遺産めざす佐渡金山 資料の有無すら言えぬとは」

 

労務者が「植民地」から「労務者」が強制的に連れてこられていたか、いなかったのかー 資料が提示されなければ、強制連行がなかったと反論することもできないだろうに。戦後も、隠せばなんとかなる、隠した方がよい、というメンタリティーは戦前・戦中と変わりない。いつまでたっても変わらない。

 

中途半端に隠しても、何も変わらないのであれば、すべておおやけにしても、この国では何の痛みも伴わず何も変わらない。安心して公開しろ。

 

(多事奏論)世界遺産めざす佐渡金山 資料の有無すら言えぬとは 

田玉恵美
2023年12月2日 5時00分

(多事奏論)世界遺産めざす佐渡金山 資料の有無すら言えぬとは 田玉恵美:朝日新聞デジタル

 図書館で奇妙な体験をした。ある資料を閲覧したいと申し出ると、しばらくしてやってきた職員にこう言われた。

 

 「これは、所蔵しているかどうか、お答えしないことになっているんです」

 

 私は新潟県立図書館で、来年の世界文化遺産登録をめざす佐渡金山について調べていた。検索したところ、かつての鉱山会社が提供した「佐渡鉱山史」を所蔵しているとの記述があったのだが……。

 

 説明に出てきた職員は、隣にある県立文書館の副館長だった。あるかないかすら言えないのはなぜか聞くと、「それも言えない」という。取材すると、佐渡鉱山をめぐっては、ほかにも新潟県で「お蔵入り」になっている資料があった。

     *

 戦時中に佐渡鉱山で働いた朝鮮人労働者の名簿を、県立文書館が持っている。歴史研究者の竹内康人さんは、仲間から以前そう聞いた。今春、同館に閲覧を申し入れると、非公開だと断られた。

 

 竹内さんによると、県立文書館の説明はこうだ。名簿は、鉱山会社が所蔵していた「半島労務者名簿」。県が「新潟県史」の編纂(へんさん)をしていた最中の1983年に原本を撮影した写真(マイクロフィルム)がある。だが所有者の許可がなく、公開していない――。

 

 詳しく事情を聴こうと先月、私が県立文書館に問い合わせると、竹内さんには存在を認めたはずの名簿についても「あるのかないのかお答えしない」という。ならばと、鉱山会社を吸収合併した「ゴールデン佐渡」に聞いた。

 

 河野雅利社長によると、92年に県立文書館から照会があった際、半島労務者名簿や私が探していた佐渡鉱山史は原本がなくなったので「公開を控えてほしいと回答した」という。親会社の三菱マテリアルにも報告しての決定だった。

 

 2年前の着任以来、河野さんもあちこち探したが名簿は今も行方知れずだという。「原本がなく(文書館にある名簿が)正しいものかわからない」ため、いまも公開を認めるつもりはないそうだ。

 

 佐渡では、朝鮮人寮へのたばこの配給台帳などから労働者の実態を探ろうと地元の研究者らが長年奔走してきた。それでも全体像はわかっていないという。

 

 「名簿は鉱山で働いた人々の歴史を示す重要な基礎資料です。世界遺産をめざすなら、歴史全体を知るため市民が幅広く資料にアクセスできるようにすべきではないでしょうか」と竹内さんは言う。

 

 当時の知事が指揮して刊行した「新潟県史」は、佐渡鉱山などへの朝鮮人の動員を「強制連行」と書いていて、一部にこうした理解に反発する動きがある。

 

 昨年の県議会で見解を問われた花角英世知事は「(県史の記述が)直ちに事実だとかということになるかどうかは、今まさに国と一緒に改めて調査をしている」と発言し、波紋を呼んだ。

 

 新潟史学会の原直史会長(新潟大教授)は「世界遺産登録に前のめりになるあまり、県民と研究者の努力の結晶である県史を軽視するかのような知事の姿勢は問題です」という。県立文書館の対応も疑問視する。「元の所蔵者の許可なしに資料を公開できないのはまだ理解できます。しかし、資料の有無すら明らかにしないのはおかしい。なんらかの圧力に屈していると疑われて当然でしょう」

 

 鉱山一帯を歩くと、独特の景観や現場を支えた人々の痕跡が残り、見ごたえがあった。その深みある鉱山文化の一部が腫れもの扱いされるような事態に、なんとも残念な気持ちになっている。

 (論説委員