2021年1月24日 沖縄タイムス「伊部岳闘争 先人に思い 国頭 実弾演習阻止50年 2人の宮城さん 碑で回顧」ノグチゲラなど貴重な動物の生きている山です。演習をやめて。

 

 【国頭】村安田の「伊部岳実弾射撃演習阻止闘争」から50年目を迎えた昨年12月31日、伊部岳登山道出入り口に建立された「闘争の碑」を辺土名区の宮城克松さん(82)と宮城樹正さん(75)が訪ねた。克松さんは闘争の碑文に手を触れながら「山川武夫村長の下、村民が一丸となり、決死の思いで発射地点に突入し、阻止した」と回想。「先人たちの尊い闘いが、やんばるの世界自然遺産候補の基となった」と話した。

 克松さんは当時、国頭中学校の英語教師。県道2号から発射台をめがけ、山を駆け上り、英文で「ノグチゲラなど貴重な動物の生きている山です。演習をやめて」と書いた文書を対峙(たいじ)している米兵に渡そうとしたが、拒まれた。しばらくして、上官らしい兵士が受け取ったと振り返った。

 一方、樹正さんは当時、東京で会社勤めをしており、直接の体験はない。克松さんの話や碑文に触れ「村民を中心にした県民の結集で生命、財産、自然の生きものたちを守り、今日の豊かな自然がある」と話した。

 村議会は1970年12月26日、恩納村金武村の恩納岳実弾演習場の例にならないよう、村民の生命、財産、自然を守るために「米軍の実弾射撃演習に対し絶対反対である」と全会一致で決議した。

 当時の安田区長は故・平林四一さん、楚洲区長は故・伊波勇さん。安波区長の平敷善光さん(86)は「山川村長の指令の下、区民が心を一つにして結束し、体を張っての闘争で、演習場を廃止に追い込んだ」と語る。

 運送関係の仕事をしていた大城盛雄さん(84)=安田区=は「着弾地点の伊部岳出入り口に向かう車中で、区民らは『絶対演習はさせない。大切な生活の山を守って子どもたちに継ごう』と熱気にあふれていた」と振り返る。

 知花靖村長は「山川村長をはじめ、村議会の議決により、住民が立ち上がって実弾演習場を廃止に追い込み、今日のやんばるの自然がある。世界自然遺産登録への道となっており、先人たちの尊い闘争に感謝している」と話した。(山城正二通信員)

(写図説明)「闘争の碑」の前で50年前を振り返る宮城克松さん(右)と宮城樹正さん=国頭村安田